民宿 北前船 ホームページに戻る

北前船の里 橋立のご案内
北前船の里 橋立へようこそ |
はじめまして。わたしは、橋立で生まれた「くみこ」と申します。これからわたくしの大好きな橋立町を、幼い頃の思い出をたどってご案内いたします。 |
わたしの好きな橋立の道 |
大正時代の写真。わたくしの伯父さんとその遊び友達です。 |
北前船の屋敷跡 |
江戸末期につくられ、今も残る立派な石垣 |
加佐の岬(泉浜いずみばま)海水浴場につづく道 |
| 平成17年、当宿を含む「加賀橋立北前船主集落」の町並みが、日本で初めての「船主集落」という位置づけで、重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)として文部科学大臣に選定されました。 | |||
わたしの好きな橋立の海 |
わたくしは海辺でよく貝殻を拾っておりました。
|
大正時代の泉浜 てんません【伝馬船】 |
北前船主が遺した橋立 |
| お寺やお宮、小学校は、当時財力のあった北前船主が建てたそうです。 |
北前船の船主が建てた北浜(ほくひん)小学校(現在の橋立小学校)。 |
昭和28年12月 福井別院橋立支院 釣鐘除幕式 大きな音に泣きべそかいた4歳の頃 |
北前船主の銀行 |
北陸銀行大聖寺支店の前身である、八十四銀行の跡地 |
わたくしの祖母の明治時代の通帳と紙幣 |
| 商いだけでなく、子弟の教育・地域の発展にも力を注いだ北前船主たちの広い視野や心意気を学びたいものです。 |
橋立と大聖寺とのつながり |
| 橋立と大聖寺は深いかかわりがありました。 大聖寺藩最後の殿様 前田利鬯(まえだとしか)公は文化の振興に力を注ぎ、その流れは「錦城能楽会」などが受け継ぎ、子供達にも伝えられています。 |
|
加賀市立京逵幼稚園 園児達も天女になった気分で「羽衣」を舞いました。 衣装は、和紙の里、金沢二俣町の斉藤ひろしさんが園児たちのために染めてくださった和紙でつくりました。 |
|
加賀市薪能 錦城能楽会の仲間で、薪能を催しています。 |
| 大聖寺川で発電された電気によって当時まだ珍しかった街灯ができ、橋立の街は夜でも明るかったとのことです。 |
更新
2001.06.13 新規作成しました。